– 対中東と関係希薄化、エネルギー安全保障に二重のリスク [2023/07/14更新]

中東をめぐる世界の構図が急速に変化するなかで、日本が存在感を失いつつある。しかし「脱炭素時代が到来すれば中東の石油に頼ることもない」と高をくくるわけにいかない。中東との関係希薄化は、脱炭素に向かう日本のエネルギー安全保障にとって二重のリスクが潜むからだ。
サウジアラビアの首都リヤドで6月「アラブ・中国ビジネス会議」が開かれた。この場で交わされた中国企業による対サウジ投資の覚書は30件以上、総額100億ドル(1兆4400億円)を超えた。

中国2社が権益を取得
同じ月、中国国有の3大石油会社の一角、中国石油天然気集団(CNPC)がカタールの国営カタールエナジーと液化天然ガス(LNG)を年間400万トン引き取ることで合意した。これに先だって中国石油化工集団(シノペック)も400万トンの引き取り契約を交わしている。引き取り期間は2026〜27年にも始まる生産から27年間だ。前例のない長期契約に加えて中国とカタールの接近を印象付けたのは、中国2社が新たなLNG生産設備の事業権益を取得したことだ。カタールはLNGの生産能力を6割引き上げる野心的な増産計画を進める。すでに米エクソンモービルや英シェル、仏トタルエナジーズなどがパートナーに選ばれ、ここに中国勢が加わる。

カタールがLNG生産を開始したのは1996年。最初の輸出先は中部電力だった。中部電と東京電力ホールディングスが燃料事業を統合したJERA(東京・中央)が引き継いだが、21年末に25年続いた主要契約が終了した。中国は日本が抜けた穴以上の足場を確保した。

米国が中東から退く隙を突いて、中国が影響力を拡大している。中国は世界最大の原油輸入国だ。輸入原油の過半を中東産が占め、その量は年々増えている。中国はじめ需要拡大が続くアジアとの関係強化は、中東産油国にとっても「最優先事項」(サウジ国営石油会社サウジアラムコのアミン・ナセル社長)だ。

米中の間で独自の立ち位置を探る中東諸国にとっては、米国か、中国かの選択ではない。「米国も、中国も」が本音だ。しかし、エネルギー転換に備えた社会・経済構造の転換が急務の産油国は、産業育成や雇用創出の投資を求めている。サウジのアブドルアジズ・エネルギー相は中国への接近を懸念する声は「無視している」と言い切った。

23年は1973年の第1次石油危機から50年だ。日本はこの半世紀、エネルギー調達の多角化など中東依存の軽減と、危機の再来に備えた中東との関係強化に並行して取り組んできた。政府は日本企業の中東進出を後押しし、人材育成や中小企業協力など経済の多角化を支援してきた。

しかし、中国が大型投資を次々表明するなかで、日本はいつまで中東の良きパートナーでいられるだろうか。日本貿易振興機構(ジェトロ)の松村亮中東アフリカ課長は「中国が投資を着実に実行するのか、現地で受け入れられるのかは、冷静に見なければならない」としながらも「日本企業には大消費市場としての中東の認識が薄く、意思決定の遅さも否定できない」と指摘する。

「消費市場の認識薄い」
22年度の日本の輸入原油に占める中東産の比率は95%を超えた。第1次石油危機時の約78%をはるかに上回る。23年度に入っても上昇傾向は続き、5月の中東依存率は97%に達した。

ジェトロによると、日本が22年にサウジから輸入した燃料は408億ドル(約5兆9000億円)と、金額ベースで02年比で3.6倍に増えた。同じ期間にアラブ首長国連邦(UAE)は3.8倍、カタールは2.5倍に膨らんだ。とてつもない国富の移転が起きている。

石油危機時に日本の1次エネルギー供給に占める石油の比率は75%だった。足元では37%まで下がったが、依然、最大のエネルギー源である。脱炭素の進展とともに石油や天然ガスの消費量は減っていくだろう。しかし、いきなりゼロにはならない。数十年の移行期を考えると中東との関係を切るわけにいかない。
ウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機により、安定供給の重要性が再認識され、油田やガス田開発のための上流投資の減少傾向には歯止めがかかりつつある。ただし、国際エネルギー機関(IEA)によれば、23年に見込まれる上流投資約540億ドル(約7兆8000億円)のうち、約6割が中東産油国だ。足元で47%の中東やロシアへの世界の石油依存率は、50年には60%を超える見通しだ。

脱炭素時代の資源国に
一方、脱炭素が進展し、石油消費が減少すれば産油国の輸出収入も減る。中東の石油輸出額は50年に1兆6000億ドル(約230兆円)減り、1人あたり収入は4分の1に落ち込むとの試算もある。
歳入の減少は国家による国民生活の丸抱えを一段と難しくする。君主制が求心力を失い、社会不安の増大はイスラム過激派の伸長をもたらしかねない。脱炭素に向かう世界はその移行期において、より不安定化する中東に依存度を高めるリスクがある。日本を含む消費国が、中東産油国の経済構造改革に手を差し伸べるべき理由はここにある。

中東との関係を切ることができないもう一つの理由がこの地域が脱炭素時代の資源国へ脱皮する可能性だ。中東は石油や天然ガスから二酸化炭素(CO2)を取り除いてつくるブルー水素、太陽光や風力など再生可能エネルギー電力で水を電気分解してつくるグリーン水素のいずれも大供給地になる可能性を秘める。豊富な化石燃料はいうまでもなく、アラビア半島では豊かな太陽光と広大な土地を使う太陽光発電のコストが1キロワット時あたり1円台の競争に突入している。日本の10分の1のコストだ。世界最安値のコストを求めて欧米企業が着々と水素やアンモニア燃料の生産計画を進める。

石油危機をきっかけに、日本は中東と、石油にとどまらない重層的な関係を築いてきた。エネルギーと中東の両面で関わってきた元政府関係者は、こうした関係づくりを担ってきた人脈の先細りを危惧したうえで、「手遅れになる前に人材を育て、教育や医療・ヘルスケア、コンテンツなど日本ならではのニーズをくみあげる必要性」を訴える。

16日から岸田文雄首相がサウジ、UAE、カタールを訪れる。この訪問を関係再構築のきっかけにできるだろうか。(引用:日経デジタル)

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